排便障害の管理でお困りになっている脊髄損傷を負われた方やそのご家族へ
この度は、吉備高原医療リハビリテーションセンターのホームページ「排便障害の管理でお困りになっている脊髄損傷の方やそのご家族へ」をご覧いただきまして厚く御礼申し上げます。
当センターは、障害がある方に対する専門的リハビリテーション医療と、吉備高原都市を中心とした吉備中央町における地域医療を2つの柱として取り組んでおります。リハビリテーション医療におきましては、その治療を受けられる約7割がけがや病気で脊髄損傷を負われた方で、中四国地方を中心とした西日本の広域から来ていただいているのが大きな特色です。
脊髄損傷における排便障害について
脊髄損傷を負われた方が社会に戻り生活するためには、すべての合併症の管理が重要ですが、排尿障害や筋緊張異常、疼痛等とともに発生頻度が高く、その管理が良好でないと多くの方に影響を及ぼすのが「排便障害」です(Jensen MP et al. Spinal Cord 2013)。脊髄損傷を負われた方の排便障害は「腸管の動きが鈍く、かつ随意的に肛門から便を排出しにくいことから生じる“便秘”と、便意の消失と、肛門周辺に便が下降した際には不随意に便を排出してしまうことから生じる“便失禁”が主な症状」(古澤ほか. 総合力がつくリハビリテーション医学・医療テキスト2021)で、個々に適した「排便プログラム(食事や薬剤、便を排出する手法など)」に基づいて治療されます。しかし、このホームページをご覧いただいている皆様と同様に、脊髄損傷を負われた方の多くがその管理に悩んでおられます。
排便障害の影響について
排便障害は、脊髄損傷の合併症の中で生活に最も深刻な影響を与えているともされています(Coggrave M et al. Spinal Cord 2009, Inskip JA et al.J Neurotrauma. 2018)。排便障害が日常生活にどのような影響を及ぼすのかを調査した海外の研究(Han TR et al.Spinal Cord. 1998)では、脊髄損傷を負われた対象者の80%が「排便管理のために食事の制限をしている」、65%が「外出が制限される」、約50%が「排便管理の難しさと、そのことによる不幸せを感じる」と回答したことを報告しています。
脊髄損傷を負われた方に限らず、生産年齢にある障害者におけるリハビリテーション医療の理想的なゴールの一つが職業復帰(仕事に就くこと)です。重度の障害を負うと、そのために多くの介助を要したり社会参加する機会が減ったりするために、一時的に自らの存在価値を見失うこともありますが、仕事を通じてそれを再認識することで、QOL(生活の質)が向上するからです(古澤ほか.臨床リハ2026)。しかし、排便管理が良好でなければ社会参加へのモチベーションは低下し、ましてや長時間の外出を伴う就労へのチャレンジには至りません(古澤ほか.臨床リハ2026)。全国頸髄損傷者連絡会の生活実態等に関する調査(金井謙介ほか.頸損解体新書2020. 2021)においても、「就労をする上での苦労」として「排泄の問題」を最も多くの方があげ(35.2%)、「健康上の問題」が27.4%、「体調管理・睡眠時間」が26.0%と続きました(複数回答あり)。特に外出先で便失禁を生じた際には、その処理に難渋することが多く、常に便失禁のリスクの存在下で生活するストレスは計り知れません。逆に、脊髄損傷の合併症、特に排便障害の管理が良好となり、脊髄損傷を負われた方が就労して納税者となれば、ご本人やご家族だけでなく社会的にも意義のあることです。脊髄損傷を負われた方において、就労だけでなく社会復帰、社会参加を目指す際にキーとなるのが排便障害の管理です。
リハビリテーション医療の対象となる全ての患者さんの共通のゴール(「目指す目標」)は、「QOLの向上」です。脊髄損傷を負われた方において排便障害は最もQOLに影響を与える因子ともされ、この良好な管理を目指すことなく、脊髄損傷を負われた方のQOLの向上は語れません。排便障害に関してQOLを著しく低下させる要因として、多くの研究が「便失禁」と「長時間の排便」を挙げています(Glickman S et al. Lancet 1996、Kim JY et al.Spinal Cord 2012)。その他には「肛門周囲の皮膚のトラブル」や「ガスの漏れ」、「痔疾患」、「自律神経過反射の重症度」などもQOLの低下を招くとされています(Inskip JA et al. J Neurotrauma 2018, Khadour FA et al.J Orthop Surg Res 2023 Jun 26)。脊髄損傷の排便管理においては、これらを防ぐことを基軸に治療が行われます。
排便障害の治療について
日本のような先進国では、リハビリテーション医療が進歩・発展し、排尿障害や褥瘡などの脊髄損傷の合併症に対する治療方法も普及しております。しかし、「脊髄損傷の排便障害」は非常に個別性が高く、その治療につきましては依然として十分ではなく発展途上の領域と言えます。
脊髄損傷を負われた方の排便障害の治療は、「神経因性大腸機能障害の治療ピラミッド」(図)に基づいて行われます。この中で最優先されるのは、食習慣や活動レベルを含む生活習慣の改善です。運動によって下剤が不要になる方も少なくありませんが、多くは下剤などの薬物治療を基礎として、侵襲の少ない治療を優先に施していきます。経口の下剤や浣腸、摘便などによる従来の排便ケアでコントロールが難しい症例には、直ちに人工肛門を勧める医療機関もあるようですが、最近では「経肛門的洗腸療法*」が行われます。当センターでも、経肛門的洗腸療法で改善が得られる症例を多く経験し、その治療を積極的に勧めています。経肛門的洗腸療法は、保存的治療後の第二選択療法として、また外科的選択肢を検討する前の治療法として、複数の臨床ガイドラインで推奨されています(Rodriguez G et al.J Clin Med. 2024., Johns, J.et al.J. Spinal Cord 2021)。
図.神経因性大腸機能障害の治療ピラミッド
MACE: Malone Antegrade Continence Enema, TAI: Transanal Irrigation (Emmanuel AV, et al. Spinal Cord.2013.松田 恭平ほか. Jpn J Rehabil Med. 2023より改変)
*経肛門的洗腸療法(transanal irrigation:TAI) 経肛門的に直腸にカテーテルを挿入します。カテーテルを通じて、1回300~1,000mlの体温程度の水を直腸に注入することにより直腸から下行結腸の便を排出する排便管理方法です。侵襲が少なく、神経因性大腸機能障害による重度の排便障害を抱える方にも有用であることが報告されています。
このホームページをご覧いただいている脊髄損傷を負われた方の多くが、経口の下剤や浣腸、摘便などによる従来の方法で排便障害を管理していると思います。当センターでは、皆様のニーズを十分に把握して、実生活を想定した排便管理を目指しております。「便失禁が心配で外出すらままならない」、「便失禁をしないように食べる物に非常に気を使っている」、「排便障害が日常生活にも影響して就労や復学、スポーツなどの社会参加に支障をきたしている」、「便失禁が心配で旅行もできない」、「長い排便時間のせいで何もできない」、そのような脊髄損傷を負われた方、そして、ご本人と同様、あるいはそれ以上に「排便障害の介護に苦労されている」ご家族の方、是非、当センターにご相談いただきたく存じます。皆様が排便障害と上手にお付き合いできますように努めて参ります。
病院長 古澤 一成
排便障害でお困りの方は、看護相談外来までお気軽にご相談ください。
相談窓口担当者:上森・植村・古好
